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横浜地方裁判所 昭和59年(ワ)715号 判決

原告

佐伯健一

右訴訟代理人弁護士

高橋利明

田岡浩之

被告

佐藤佐一

五十嵐清子

佐藤君枝

勝又榮子

小野榮江

佐藤準一

柳生スミ子

佐藤一美

佐藤郁枝

佐々木啓子

長嶌満里枝

佐藤利康

右被告ら訴訟代理人弁護士

大久保博

主文

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告らと原告との間において、原告が別紙物件目録一1記載の土地に昭和五八年一二月二八日から期間二〇年間の借地権を有することを確認する。

2  被告らは原告に対し別紙物件目録一1記載の土地を引き渡せ。

3  訴訟費用は被告らの負担とする。

二  請求の趣旨に対する被告らの答弁

主文同旨

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  当事者の地位

(一) 原告は故佐伯新太郎の長男であり、昭和二〇年八月二日に新太郎の死亡により同人を家督相続した。

(二) 被告らはいずれも故佐藤久太郎の相続人もしくは転相続人(被告らの身分関係は別表のとおり)であるが、右久太郎は故佐藤吉五郎(昭和四年五月二三日没)の家督相続人である。

2  本件土地の所有権及び賃借権

(一) 別紙物件目録一1記載の土地(以下「本件土地」という。)は、もと佐藤吉五郎所有であつたところ、前記1(二)の各相続により現に被告ら全員がこれを共有しているものである。

(二) 原告の先代新太郎は、昭和二年三月八日、本件土地を、当時の所有者の吉五郎から、建物所有の目的で賃借し(以下「本件借地権」という。)、新太郎は同地上に建物を建築し、同建物に家族と共に居住していたが、前記1(一)のとおり家督相続により原告が右借地権を取得し、また本件土地の賃貸人の地位も前記1(二)のとおり本件土地の相続に従い久太郎が、ついで被告らがこれを承継した。

(三) 本件土地上の右建物は、昭和二〇年五月二九日、今次大戦の横浜大空襲で罹災して焼失し、さらに本件土地は終戦直後にアメリカ合衆国軍隊により接収された。

(四) 本件借地権は、前項の本件土地の接収中に賃借期間を経過した。

3  接収の解除と借地権設定の申出及び拒絶

(一) 本件土地の接収は、昭和五八年一〇月一三日、接収解除の公告がなされた。

(二) そこで、原告は被告らに対し、接収不動産に関する借地借家臨時処理法(以下「接収不動産法」という。)三条一項にもとづき、昭和五八年一二月二一日付内容証明郵便をもつて本件土地の賃借の申出をなし、右申出は同月二七日までに各被告に到達した。

(三) しかるところ被告らは、右原告の申出に対し一二月二七日到達の内容証明郵便をもつてこれを拒絶する旨の回答をなした。

4  結論

よつて、原告は被告らに対し、本件土地の借地権の確認及びその引き渡しを求める。

二  請求原因に対する被告らの認否

1  請求原因1(一)の事実は不知、同(二)の事実を認める。

2  同2(一)の事実は認める。同(二)のうちの本件借地権の承継を否認し、その余を認める。

3  同(三)及び(四)の事実を認める。

4  同3の事実を認める。

三  被告らの抗弁

1  借地権の放棄

本件土地は、前記横浜大空襲後の昭和二一年一〇月一〇日接収されたが、本件土地上の建物が右空襲によつて焼失した以降、新太郎は、本件土地の占有を放棄して行方知れずとなり、新太郎ないし原告は、本件土地にバラック等を建築してこれを占有することもなければ本件土地の地代を支払うこともなかつたのであるから、右空襲によつて本件土地上の建物が焼失した昭和二〇年五月二九日ころをもつて本件土地に対する借地権を放棄したものである。従つて、原告は、本件土地が接収された昭和二一年一〇月一〇日当時において本件土地の借地権者ではなかつた。

2  賃借申出拒絶の正当事由(予備的)

(一) 被告らは、いずれも接収地である本件土地を含む別紙物件目録記載の各土地(横浜海浜住宅地区接収地)を共有しており、各自の共有持分は次のとおりである。

佐 藤 佐 一 二一六分の三六

五十嵐 清 子 同

佐 藤 君 枝 同

勝 又 榮 子 二一六分の九

小 野 榮 江 同

佐 藤 準 一 同

柳 生 スミ子 同

佐 藤 一 美 二一六分の三六

佐 藤 郁 枝 二一六分の一二

佐々木 啓 子 二一六分の八

長 嶌 満里枝 同

佐 藤 利 康 同

(二) 現在、従前地A、B及びCを含む周辺一帯は横浜国際港都建設事業新本牧地区土地区画整理事業(施行者横浜市長、以下「本件事業」という。)が施行されており、本件事業の換地計画においては、土地利用の目的により換地区域が区分されている。そして、被告らは、右各従前地所有者として、その共有持分に相当するところのそれぞれの利用に適合した利用区分地区の土地の換地を希望していたところ右希望に沿つて、昭和六〇年八月二六日仮換地として

(1) 従前地Aに対し仮番六三―二(上は街区番号、下は画地番号、以下同じ。)の低層住宅地区の土地(一三三八平方メートル)が被告五十嵐清子、同佐藤君枝、同佐藤一美に、

(2) 従前地Bに対し仮番一〇―七の集合住宅地区の土地(四一四・九五平方メートル)が被告佐藤佐一に、

(3) 従前地Cに対し仮番二七―五の低層住宅地区の土地(八三九平方メートル)が被告勝又榮子、同小野榮江、同佐藤準一、同柳生スミ子、同佐藤郁枝、同佐々木啓子、同長嶌満里枝、同佐藤利康に

それぞれ指定された。

(三) 被告らは、前項の換地予定地に、各自それぞれ左記のとおり建物所有の目的で自ら使用する必要その他正当な事由を有している。

(1) 被告五十嵐清子は、肩書地の夫所有建物に居住しているが、右建物は既に築後三五年余りを経過し老朽化しており、日当りも悪く、また敷地も約三〇坪程度で間口、面積ともに狭い。また、夫は右居住建物を事務所として個人タクシー業を営んでいるが、右敷地と公道とを結ぶ通路が約二メートルの幅員しかないため、自動車の出入庫について、接収地の接収が解除されてこれに転居するまでの約束で、これまで隣家の庭先を通行させてもらつて来た状況にある。同被告は、これまで長い間、横浜海浜住宅地区接収地が接収解除されたときにはこれに転居することを予定して、肩書地での生活環境の不便、劣悪に耐えてきたのであつて、自己の換地予定地に自己居住建物を建築所有してこれに転居する必要がある。

(2) 被告佐藤君枝は、大正一二年生まれで、肩書地の自己所有建物に単身居住しているが、建物は相当程度老朽化しており、敷地も約三〇坪と狭く庭もない。同被告は、横浜海浜住宅地区接収地が接収解除されたときにはこれに転居することを予定して、これまで肩書地での生活環境の不便、劣悪に耐えて来たのであつて、自己の換地予定地について自己居住建物を建築所有してこれに転居する必要があり、ゆくゆくは単身であるので娘夫婦らをこれに呼んで同居することとしている。

(3) 被告佐藤一美は、昭和六〇年四月二八日結婚し、現在肩書地所在のアパートに居住しているが、部屋は二畳の台所の外に六畳と三畳の二部屋だけで洗濯物を干す場所もなく、不自由な生活をしており、自己の換地予定地に自己居住建物を建築して転居する必要がある。

(4) 被告佐藤佐一は、明治三四年生まれであり、現在老妻と二人暮しの状況にあるので、自己の換地予定地について集合住宅の共同開発事業を行ない、集合住宅の取得住戸を賃貸等して生活の資とする必要がある。

(5) 被告勝又榮子は、現在肩書地(静岡県駿東郡)の借地に居住しているが、夫の勤務先が横浜であるので、自己の換地予定地に自己居住建物を建築してこれに転居する必要がある。

(6) 被告小野榮江は、数年後には子が結婚することになるので、自己の換地予定地を子の住居地として使用する必要がある。

(7) 被告佐藤準一は、昭和五六年離婚し、現在肩書地の母親所有の建物に母親と同居しているが、良い相手があればすぐにも再婚する予定であり、自己の換地予定地に自己居住建物を建築所有してこれに転居する必要がある。

(8) 被告柳生スミ子は、現在肩書地の借地に居住しているが、既に建物は六〇年以上経過して老朽化しており、自己の換地予定地に自己居住建物を建築してこれに転居する必要がある。

(9) 被告佐藤郁枝は、現在、実家の家作に居住しているが、自己の換地予定地に自己居住建物を建築してこれに転居する必要がある。

(10) 被告佐々木啓子は、現在、肩書地の借家に居住しているが、自己の換地予定地に自己居住建物を建築してこれに転居する必要がある。

(11) 被告長嶌満里枝は、自己の換地予定地に自己居住建物を建築してこれに転居する必要がある。

(12) 被告佐藤利康は、自己の換地予定地を将来子のために使用する必要がある。

(四) しかるに、他方、原告の父新太郎は、本件土地の賃借権の取得と同時に、本件土地に隣接する横浜市中区本牧和田四七番一(宅地一四八・七六平方メートル)、同所四九番(宅地一七九・一〇平方メートル)、同所四九番一(山林二五七平方メートル、以下右三筆を「隣接地」という。)を買受け、本件土地及びこれら隣接地に居住していた。しかるに新太郎死亡により隣接地の所有権を承継した原告は、その後、本件土地及びこれら隣接地について自ら使用する必要がないため、昭和三三年三月二八日大蔵省に対しこれら隣接地全部を売却処分している事情があつて原告に自己使用の必要性はない。

3  (予備的主張)

接収不動産法三条一項は、賃借権の設定の対価を支払うことが相当でない例外的な場合を除いては、相当な賃借権の設定の対価を支払わなければ、その土地を賃借することはできない旨規定している。従つて原告は、相当な賃借権の設定の対価を支払わずして本件土地について賃借権を有するものではないから、原告の本件請求は、この点においても、理由がない。

四  抗弁に対する認否

1  抗弁1は、原告が本件賃借権を放棄した旨の主張を争う。

2  同2については、同(四)のうちの、原告ないし原告先代が昭和二年三月八日以降隣接地を所有していたところ、昭和三三年三月二八日、これを国に売却したことは認めるが、被告らに原告の借地権設定の申出を拒絶しうる正当事由がある旨の主張はこれを争う。原告が右隣接地を国に売却したのは、右土地が平坦地である本件土地(建物は同地上にあつた。)の周囲の崖及び通路部分であつて、かりに返還を受けられてもこれのみでは利用方法がなく、また国から執拗に売却を求められたためであるに過ぎない。

3  また、原告には四男一女があり、長男及び長女は仕事の関係などで大阪府に居住しているが、二男、三男、四男はいずれも東京周辺の分譲アパート又は所謂テラスハウスに居住している。そして原告夫婦は肩書地の四男夫婦方に身を寄せており本件土地の復帰を待ち望んでいる。

原告は、昭和二〇年五月の横浜大空襲による罹災後、すぐまた借地権を何らの対価なしに接収され、居住の場を失つた。しかるに土地の所有者らは、接収自体はその意思にかかわらないものであつても、接収中も賃料は補償されており、かつまた接収解除後において、従前借地権の負担が存した土地を更地として返還を受けるのでは極めて公平を欠くこととなる。接収不動産法三条一項はこのような不公平を是正し、旧時の借地人を保護しようとするものである。従つて、原告の借地権は回復されるべきものである。

第三  証拠〈省略〉

理由

一請求原因事実について、〈証拠〉によると、1(一)の事実を認めることができ、他に右認定を左右するに足りる証拠はなく、同(二)の事実は当事者間に争いがない。

同2(二)の事実のうち、原告による本件借地権承継の事実を除きその余はすべて当事者間に争いがなく、右承継の事実は右争いのない事実によりこれを認めることができ、同(三)の事実は当事者間に争いがなく、なお〈証拠〉によれば、本件土地は昭和二一年一〇月一〇日に接収されたものであることが認められ、なお同(四)の事実は当事者間に争いがない。

二抗弁1(借地権の放棄)について

〈証拠〉によれば、昭和二〇年五月二九日、横浜大空襲によつて本件土地上の建物が焼失した当時、同建物には原告の父母新太郎さかゑ夫婦と妹二人の四人が居住し、他の兄弟はそれぞれ結婚して他所で生活しており、原告は、当時結婚して商社勤めをしており、妻子と共に中国北京に滞在していたこと、罹災した原告の両親ら四人は長姉志づ江の嫁入先である群馬県前橋市に疎開し、父新太郎は疎開先で同年八月二日死亡したこと(母さかゑは昭和五二年二月五日死亡)、原告一家は昭和二一年五月、中国から引揚げ、一旦東京板橋区の妻静子の実家に身を寄せたが、昭和二三年ころ、右妻の実家に近い豊島区池袋二丁目にバラックを建て、母及び妹二人とも同居し、ついで昭和二九年、東京都新宿区市ケ谷に、そして昭和五七年一一月に肩書住所に順次転居して今日に至つていること、他方、被告らの父久太郎死亡(昭和二五年八月三〇日没)後の佐藤家の当主は被告佐藤佐一であり、同被告は祖父吉五郎、父久太郎以来の肩書住所の自宅(大正一三年ころ建築)に戦前戦後を通じ今日に至るまで居住していること、原告は中国から引揚げ直後から以降希望する母さかゑの意向に従つて何回か本件土地の現状を見に赴いたが、当初は一帯焼野原で、後には接収により整地され立入れず、為すすべもなかつたこと、これらの状況から、原告は勿論、佐伯家の他の者は、本件借地権にかかる地代の支払をしないのみか、地主である久太郎ないし被告らとの接触もとらなかつたので、被告らにとつては原告一家の所在は不明となつていたこと、そして、前記のように昭和二一年一〇月一〇日に本件土地が接収されたことが認められ、他に右認定を左右するに足る証拠は存しない。

右事実によれば、原告及び父母一家が本件土地を離れ、借地人として通常とるべき措置をとらなかつたのは、空襲による罹災という未曽有の混乱状態の中で疎開を強いられ、しかも当主の新太郎の死亡、跡取り息子の原告一家の未帰還という異常事態の続発によつて、本件土地への復帰の希望が直ちには実行に移せなかつた間に終戦を経て接収に至つたためと認めるのが相当であつて、これをもつて原告ないし原告先代が本件土地の接収前に本件借地権を明示的または黙示的に放棄したものと断定することは当を得ないものというべきであり、他にこれを認めるに足る証拠は存しない。

従つて抗弁1は理由がない。

三抗弁2(賃借申出拒絶の正当事由)について

1  そもそも接収不動産法三条四項所定の、土地所有者が借地人からの正当な敷地賃借申出に対し、これを拒絶しうる「正当事由」の有無は、土地所有者及び賃借申出人がそれぞれその土地の使用を必要とする程度如何は勿論のこと、双方の側に存するその他の諸般の事情も総合して判断すべきものではあるが、具体的には同法が戦後復興を目的とする罹災都市借地借家臨時処理法(昭和二一年八月二七日法律一三号)による罹災地の借地人の保護との権衡上、接収地の旧借地人を保護するため制定されたものであり、そこには戦後同法の施行当時の劣悪な住宅事情下における接収者の住居等の安定確保と接収解除地の復興促進の要請があるが本件は同法施行から約三〇年近くも経過した後に接収解除がなされ、しかも現在では本件土地の存する横浜市周辺の住宅事情は同法施行当時では予想できなかつた程に大幅に改善されていることは公知の事実であつて、もはや同法の前記要請も極めて薄らいだものといわざるをえないし、また賃借申出人は賃借していた接収地を離れて既に四〇年余を経過し、居住環境もそれなりに安定しているという状況下にあることをも考慮して判断するのが相当である。

従つて以下かかる観点から原告の本件土地の賃借申出に対する被告らの拒絶の正当事由の有無につき考える。

2  〈証拠〉によれば、原告は前記二で認定した曲折を経て、昭和五七年八月二五日に新築されたばかりの肩書地所在のテラスハウス(鉄筋コンクリート造陸屋根二階建、床面積一階五一・九八平方メートル、二階五六・七八平方メートル)に、同年一一月の転居以来妻及び四男一家の計六人で居住し、二男、三男も東京周辺に本人所有のマンションを持つており、原告は、原告夫婦及び二男、三男、四男のために本件土地に建物を建てることを希望しているが、いずれも住宅に困窮している状況にはないこと、また、原告自身は、昭和七年に三井物産株式会社の天津支店に勤務して以来、昭和二一年五月二日に日本に引き揚げるまで、外地(中国、天津その後北京)生活をしており、過去に、本件土地に生活の基礎を有していたわけではないことなどが認められ、右によれば接収後既に約四〇年近くが経過し、現にそれなりの居住条件を備えている原告には、他に特別事情の存しない限り本件土地に土地所有者である被告らの利用を排してまで借地権の復活を認めなければならない程の強い必要性があるものとは認め難い。

3  そして一方土地所有者である被告らの事情をみるに、〈証拠〉によると、抗弁2(一)及び(二)記載の事実及び被告らそれぞれに略同(三)の(1)ないし(12)の事情があつていずれも本件土地を含む従前地A、B及びCの各土地に対し指定された仮換地ひいて換地予定地に本件事業計画に沿い建物を建てて居住すること等を希望していることが認められ、右認定を覆えすに足りる証拠はない。右事情からみれば本件土地の所有者である被告らには接収不動産法三条四項所定の「建物所有の目的で自ら使用することを必要とする場合その他正当な事由」があるものと解せられ、抗弁2は理由がある。

4  なお、原告は、旧時の借地人が接収地の借地権を何らの対価なしに接収されたにもかかわらず、接収地の所有者が接収中賃料を補償されたうえで、接収解除後更地として接収地の返還を受けるのでは極めて公平を欠く旨主張するが、右所有者に対する接収中の賃料補償も、旧時の借地人の出捐においてなされているわけではないのみならず、接収不動産法は前記のように本来接収中に借地借家契約が終了する不利益を接収解除後の双方の事情を総合考慮して接収地の地主に当該土地を自己使用する等正当な事由がある場合に限つて借地申出の拒絶を認める法意であるから、地主側に正当の事由を肯定した結果として借地借家人が接収を解除された土地に借地権を回復できない事態となり、ひいて地主が更地として当該土地の返還を受ける事態となつても、それは同法の予定した事態であつて、これをもつて、接収地の借地人と所有者間に公平を欠くものと非難するのは当たらない。原告の右主張は失当である。

四以上によれば原告の本訴請求はいずれも理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官山口和男 裁判官櫻井登美雄 裁判官小林元二)

(別表)

物件目録

一 従前地A

1 横浜市中区本牧和田四八番

宅地 六一四・八〇平方メートル(本件土地)

2 同区本牧町三丁目六一八番二

田   五九平方メートル

3 同区本牧三之谷一一八番

宅地 三八七・五三平方メートル

4 同区本牧和田六一番

山林 六〇八平方メートル

二 従前地B

1 横浜市中区小港町三丁目一六四番二

宅地 一九・四七平方メートル

2 同所一六五番

宅地 五〇一・六一平方メートル

3 同所一六五番一

宅地 二三・一四平方メートル

三 従前地C

1 横浜市中区小港町三丁目一六一番

宅地 四四三・二七平方メートル

2 同所一六四番

宅地 四一二・三九平方メートル

3 同区本牧町三丁目六一八番六

宅地 一六・五二平方メートル

4 同区本牧和田六二番

畑   一八一平方メートル

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